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おれブログ

インターネット業界の片隅にいる40代のオッサンによる雑記系ブログです。


NHK大河 軍師官兵衛 第10話「毛利襲来」感想

歴史

来たぞーーーー 毛利が来たぞーーーー!

俺にとって毛利といえばファミコン名人なんだよね。あの頃は高橋につくのか毛利につくのか本気で悩んだ。力の高橋、技の毛利。一体どっちにつけば・・・ ここは思案のしどころじゃのう。


NHK大河ドラマ 軍師官兵衛 一

水軍koeeee

怖いねー。いきなりだったねー。何の前触れもなく大軍で敵陣深くまで入り込める水軍。ある意味、戦国最強のチート部隊じゃないか?

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学校の授業では鉄砲伝来とか長篠の戦いとかやるから鉄砲隊が強そうなイメージがあるんだけど、当時の鉄砲は精度そんなに高くないし、飛距離も大したことない。今の拳銃のような連射も無理。今回、織田信長も足を撃たれたけど致命傷にはならなかったしね。その辺り考慮すると鉄砲隊よりも水軍の方が危険な気がする。まぁ、本願寺についてた雑賀衆の鉄砲部隊は結構すごかったらしいが。

ただ水軍も万能ではない。当たり前の話、海上でしか戦えない。そう考えると瀬戸内海に面した場所が最大の活躍の場だったわけだ。あと水難事故のリスクもある。これは怖いね。下手したら部隊全滅だし。鉄砲同様、船だって現在のような代物じゃなかっただろうしね。



英賀合戦は官兵衛の知勇が播磨を救った

浦宗勝率いる5000の毛利水軍が英賀の浜に上陸。そこは姫路城の南方7km程の場所だったとか。一方の小寺サイドの兵力は1000~2000で、城兵を残すこと考えると出陣できるのは500~1000といったところ。

さすがの官兵衛もこの兵力差には悩み、真剣に策を練っている。

が、赤ッパナがうるせえwww 「織田につくんじゃなかった。官兵衛のせいだ! おい、官兵衛、どうするのじゃ? 五倍の敵とどうやって戦うんじゃ?」とか騒いでるw それにしても片岡鶴太郎の演技いいね。オロオロする戦国武将を演じさせたら右に出る人いないんじゃないか?

ちなみにこの戦いは英賀合戦と呼ばれていて、ドラマでも再現されていたが、山に潜ませた農民達に大量の軍旗を持たせて実際の兵力数以上に見せるという奇策で乗り切る。官兵衛が他の軍師よりも優れているのは知に長けているだけでなく、それを先頭を切って実践する勇気、さらには体力も持ち合わせていたこと。

つーか、第5話「死闘の果て」で描かれた青山・土器山の戦いも500対3000の兵力差をやはり知勇で乗り切ってるんだよな。

さっき水軍が戦国最強のチート部隊って書いたけど、官兵衛は戦国最強のチート軍師かもしれん。


英賀合戦についてはこちらが簡潔で分かりやすいです。

山陽電車とめぐる軍師黒田官兵衛 | 第3回 英賀合戦

英賀合戦は、小寺政職が織田信長に味方したことが毛利輝元の知るところとなって始まります。天正4(1576)年、毛利軍は浦宗勝を総大将に5000の軍勢でやってきます。上陸したのは英賀。迎え撃つのは官兵衛率いる500の軍勢です。多勢に無勢の状況の中、官兵衛がとった策は近くの山に農民を潜ませ大量の軍旗を持たせるというもの。さらに、500の兵で奇襲を仕掛けたのだから、毛利軍はパニック状態に陥り敗走、退却させることに成功しました。信長は大いに喜び、荒木村重を通じて感状を与えたと伝えられています。しかし、信長についてはみたものの、小寺家をはじめ播磨勢は毛利氏に心が残ります。官兵衛は、信長従属の有利を説き続け、自らは嫡男・松寿丸(のちの黒田長政)を人質として信長の下に差しだし忠誠を誓うのです。


あ、それから官兵衛が毛利を退けたことを伝えた時の赤っパナが傑作だった。

「官兵衛、ようやった! さすがワシが見込んだ男じゃのう」

おまえ・・・




第一次木津川口の戦いで大敗を喫した織田の中国方面作戦が後退!

今回の終わり間際に官兵衛が知ることとなった織田の大敗。毛利と織田が木津川河口付近で戦ったこの海戦は、第一次木津川口の戦いと呼ばれています。

第一次木津川口の戦い - Wikipedia

織田信長軍の攻囲を受ける石山本願寺への兵糧搬入を目的とした毛利水軍・小早川水軍・村上水軍を中心とする瀬戸内の水軍戦力と、それを阻止せんとする織田方の水軍戦力が大阪湾木津川河口で激突した。 実際の戦闘では毛利方の水軍の使用する焙烙玉・雑賀衆の使用する焙烙火矢の前に織田方の水軍は壊滅的な打撃を受け、石山本願寺への兵糧搬入という当初の目的を毛利方が果たす結果となった。
(一部抜粋、全文はソースにて)

本拠地が海に囲まれていた毛利にとって水軍強化は当たり前だ。しかも海賊衆として知られる村上水軍も味方していたのだから海上では無敵だっただろう。さすがの信長もここまで差があるとは思ってなかったのかもしれない。そしてこの大敗により織田の中国方面作戦は後退し、官兵衛の奔走で織田になびいていた播磨諸将も再び毛利側へと揺らいでしまうことに。

しかし信長もただでは転ばない。この敗戦で水軍強化の必要性を確認した信長は毛利とは別次元の水軍強化に取り組む。そう、この2年後に再び同じ場所で勃発する第二次木津川口の戦いでお披露目となる鉄甲船。16世紀当時としては世界でも類を見ない先駆的な軍船だったとか。さすが魔王。

日本船主協会:海運資料室:海運雑学ゼミナール

309 ポルトガル人を驚嘆させた織田信長の鉄甲軍船
詳しい記録が残っていないためその姿は想像するしかないが、2階建ての戦闘用矢倉の上に3層の天守閣を構え、大砲3門にさらに多数の鉄砲を備えたその偉容は、造船技術で当時圧倒的な先進国だったポルトガルの宣教師・オルガンティーノをも驚嘆させたという。
(一部抜粋、全文はソースにて)

鉄甲船はこんなだったらしい。「龍馬伝」で黒船を目の当たりにした竜馬がめっちゃ驚いてけど、この鉄甲船と対峙した毛利水軍もさぞかし驚いたことだろう。つーか、三層の天守閣が乗っかってる船なんて、今でも普通に驚くなw

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