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おれブログ

インターネット業界の片隅にいる40代のオッサンによる雑記系ブログです。


NHK大河 軍師官兵衛 第26話「長政初陣」感想

歴史

今週は長政くんの初陣がメインの回。

インパクトはあまりなかったけど、来週の水攻め、再来週の本能寺に向けた準備の回って感じでした。


NHK大河ドラマ 軍師官兵衛 一




官兵衛と長政

黒田親子といえば知将の親と猛将と息子、という対比をよく聞くんだけど、このドラマもその路線で行くっぽいね。

初陣間近で浮き足立っている長政を睨みつける官兵衛。官兵衛は有岡城からの帰還後に妙な迫力が出てきてて、睨みだけでも結構怖い。

それから備中高松城の城主、清水宗治との交渉の時、フフッと笑った後にいきなり真顔で刀を床にたたきつけたのとかマジ怖すぎ。(((゚Д゚)))

あの爽やかイケメンだった官兵衛はいなくて、今はもうブラック官兵衛って感じ。

▼ブラック官兵衛
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そう、このブラック官兵衛こそ、本能寺の変が起きた時に秀吉に「ご運が巡って参りましたな。これであなたの天下です」と唆すわけですね。あの秀吉もこれにはビビったとか。



備中高松城の清水宗治

来週の水攻めで切腹する清水宗治。官兵衛の調略にも応じず、劣勢でも最期まで毛利を裏切らなかった忠臣としても有名ですね。

▼忠義の武将、清水宗治
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なんでも切腹の作法の転機になった人なんだとか。よく分からんがウィキペディアに書いてありました。

清水宗治(切腹について) - Wikipedia
※ソースから一部抜粋

切腹の作法が変化する転機となったのは、この宗治の切腹からであった。水上に舟を漕ぎ出し、そして切腹の前にひとさし舞ったのち、潔く腹を切り、介錯人に首を刎ねられた宗治の作法は見事であるとして、それを実際に見た武士達の賞賛を受けた。秀吉は信長の敵討ちのために一刻も早く京へと戻りたいところであったが、「名将・宗治の最期を見届けるまでは」と陣から一歩も動かなかったといわれている。また、後に隆景に会った秀吉は「宗治は武士の鑑であった」と絶賛したという。
これ以降、武士にとって切腹は名誉ある死という認識が広まり、また刑罰としても切腹を命じる習慣が広まった。後に秀吉は、豊臣秀次、千利休らを処罰するにあたって、切腹を命じている。

羽柴秀勝について

今回、長政の初陣より前に羽柴秀勝の初陣がありました。自分の初陣が後回しにされたことでイラッとしてた長政くんですが、これは仕方ない。だってこの秀勝ってのは、あの魔王信長の四男なんだもん。織田家から羽柴家に養子として入ってきた人なんですね。

▼羽柴家の養子、羽柴秀勝。魔王の四男だけど魔王っぽくない(´・ω・`)
 背後でこっち見てるのはイラついてる長政くんです。
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織田信長は嫡男信忠を織田家に残し、次男信雄を北畠家に、三男信孝を神戸家にそれぞれ養子に出しています。これらは配下にした名門家を血族にして乗っ取ろうした養子戦略なんですが、羽柴家は別に名門家でもないので、次男三男とはちょっと方向性が違うのかな、と思います。

まぁ、どういう意味合いの養子であっても魔王の息子だから扱いには相当注意すべきで、三男信孝を冷遇した神戸具盛は信長の怒りを買って追放されてます。もちろん秀吉もその辺は抜かりなく、織田家での自分の出世のためにうまく秀勝を使っていたんじゃないかと思います。

そしてこの秀勝は18歳という若さで病死してしまうんですが、タイミング的には用済みになったから秀吉に消されたんでは?みたいなことも言われてます。証拠はないんだけど。


あ、それからこの羽柴秀勝という名前がこれまた微妙で、羽柴秀勝という名を持つ人物は3人もいたらしい。

最初の秀勝は長浜城主時代の秀吉の実子。6歳で亡くなってます。

そして二人目の秀勝が今回初陣を果たした魔王の息子の秀勝。18歳で病死します。

そして三人目が秀吉の甥で後に養子となる秀勝。NHK大河ドラマ『江 姫たちの戦国』でエグザイルAKIRAが演じた人で、江の再婚相手となった人です。朝鮮出征で病死、享年23~4歳とのこと。

うーん、この名前は長生きできない運命なのかも(;´・ω・)




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