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おれブログ

インターネット業界の片隅にいる40代のオッサンによる雑記系ブログです。


軍師官兵衛に「センゴク」作者がエキストラ出演! 仙石秀久って何者?

歴史

NHK大河「軍師官兵衛」にヤンマガ連載中の「センゴク」の作者、宮下英樹先生がエキストラで出演するそうです。


センゴク一統記(9) (ヤンマガKCスペシャル)



宮下英樹先生が登場するのはなんと次回、第34話「九州出陣」だとか。

エキストラといっても足軽とかの雑兵じゃなく、官兵衛を迎える大友宗麟の後方で控える武将役とのこと。

それにしても、「センゴク」作者が出るのが九州出陣の回ってのが面白い。

軍師官兵衛:「センゴク」マンガ家が“異例”のエキストラ出演 - MANTANWEB(まんたんウェブ)軍師官兵衛:「センゴク」マンガ家が“異例”のエキストラ出演 - MANTANWEB(まんたんウェブ)


マンガ「センゴク」とは

宮下英樹先生の「センゴク」はヤンマガ連載中の漫画で、仙石秀久というあんまり有名じゃない武将を中心に添えている歴史超大作。徹底した調査と大胆の歴史解釈に定評があり、説得力のある重厚なストーリーを展開。戦国ファンなら必読モノです。「だがこの通説には疑問が残る」のフレーズがたまらないwww



仙石秀久とは

あんま有名じゃないですよね。俺もマンガで初めて知ったし。

でも三英傑(信長・秀吉・家康)に使えていて、戦国の王道を歩んできている武将なんです。

武将レべル的としては、2006年NHK大河ドラマ「功名が辻」の山内一豊と同じくらいだと勝手に思ってるんだが。。。 でもウィキペディアによれば、”豊臣秀吉最古参の家臣で、家臣団では最も早く大名に出世した”とのこと。でも知名度は低い。あとマンガ「センゴク」を読む限りでは、基本的には脳筋武将って感じ。


そんな仙石秀久ですが、実は秀吉の九州征伐で一躍知名度がアップしてるんです。といっても大失敗で(´・ω・`)

仙石秀久 - Wikipedia
(ソースより抜粋)

戸次川の戦いで冬季の渡河作戦を行った豊臣軍は思うように進軍できない中、島津家久率いる島津軍部隊と遭遇して戦闘となった。戦いの当初では得意とする釣り野伏せを準備する島津軍に対し、豊臣側が積極的に攻めかかって一時は優勢を得た。想定よりも豊臣側の攻勢が強かったために家久は狼狽したとも言われているが、時機を逃すまいとした側面の秀久本隊が突出し過ぎたのを見逃さずに反撃に転じた。中央と右翼からの増援によって数で上回られた秀久本隊は壊滅的な打撃を受けて敗走し、長宗我部信親・十河存保らが討死、総崩れとなって退却した。
秀久は敗走する軍を取りまとめる責務を果たさず、諸侯を差し置いて小倉城に逃げ帰ったうえ、九州から四国・讃岐へ勝手に撤収するという醜態を見せた。これらの行状に秀吉は激怒し、所領没収の上で高野山追放の処分を下した。

まぁ、これって戦国屈指のやらかしですよね。

漫画「センゴク」のコピーでも”史上最も失敗し挽回した男”って書かれてますからね。

ん? 挽回? (´・ω・`)


そうなんです。九州征伐での大失態で高野山行きになったんですが、その後、見事な復活劇を果たしているんですよね。あの時代、所領没収で高野山に送られて復活した人ってほとんどいないでしょ。彼は見事に復帰するんですよね。

仙石秀久 - Wikipedia
(ソースより抜粋)

だが天正18年(1590年)に小田原征伐が始まると故郷である美濃国で浪人衆を集め、また秀吉の盟友となっていた徳川家康からの推薦もあって陣借りという形式で豊臣軍参加を許された。この時、秀久は糟尾の兜と白練りに日の丸を付けた陣羽織を着て、紺地に無の字を白く出した馬印を眞先に押し立て、手勢を率いて諸軍の先に進んだといわれている。さらに、鈴を陣羽織一面に縫いつけるという際立つ格好をして合戦に参加したという逸話も残されており、「鈴鳴り武者」の異名をとったと伝えられる。
際立っていたのは扮装だけではなく、槍働きにおいても随一の活躍を示した。若き頃と同じく自ら十文字の槍を振るって力戦した秀久は伊豆山中城攻めで先陣を務め、小田原城早川口攻めでは虎口(城郭や陣営などの最も要所にある出入り口)の一つを占拠するという抜群の武功を挙げた。活躍による名声は箱根にある地名「仙石原」は秀久の武勇に由来するという説が存在する程であった。
戦勝の後、秀吉に謁見を許された秀久は忠勇を賞されて、秀吉が使っていた金の団扇を手づから下賜された逸話が残っている。この場面は『道樹・宗智両祖出陣之図』(上田市立博物館所蔵)にも描かれており、金団扇も現存している。秀吉の許しを得た秀久は旧領の半分に相当する信濃小諸に5万石を与えられ、大名として豊臣家臣に復帰した。

やはり脳筋武将タイプで、九州征伐の時のように大軍を率いる軍団長タイプではないんだと思う。人を動かすよりも自分が真っ先に動くタイプなのかと。そういう意味では彼を軍監に登用した秀吉?にも責任があるんじゃないかなと思ったり。

あと軍師官兵衛では塚本高史が演じている後藤又兵衛。彼が一時期黒田家を離れていたんだけど、確かその間、仙石家に仕えてた時期があったかと思います。


つーわけで三英傑に仕えていて、あの稲葉山の戦い(この時は斉藤龍興の家臣)から金ヶ崎、姉川、四国・九州・小田原征伐、朝鮮出兵、関ヶ原といった有名どころを渡り歩いている武将なので、マンガ「センゴク」をベースにすれば大河ドラマも十分いけそうな気がしてます。